アイムヒア プロジェクト|渡辺 篤

  • 参加作家・団体
「同じ月を見た日」アイムヒア プロジェクト(R16 studio、横浜) Photo: Keisuke Inoue

同じ月を見た日

自身も過去にひきこもりの当事者経験を持つアーティスト渡辺篤は、コロナ禍にあった2020年の4月、「家から月を見てみませんか?私たちは離れていても同じ月を見ることができます」というメッセージをウェブサイトやSNSなどで発信しました。それぞれの場所から月の写真を撮影する参加者を募集すると、ひきこもり当事者をはじめ、外出自粛や生活様式の変化によって孤立感を感じる人、心や認知機能の問題を理由に生きづらさを感じている人、自身や家族に身体の障害をもち困難を感じている人、シングルマザー、パワハラやセクハラの被害経験を持つ人、ジェンダーに関する悩みがある人などさまざまな人が集いました。

「同じ月を見た日」によって生まれた作品群と向き合う時間を通して、孤立しているかもしれない「あの人」や誰かの存在に目を向け、それぞれのまなざしを想像します。


ここに居ない人と見る月

私は足掛け3年に及ぶ深刻なひきこもりを終え、現代美術家として社会復帰してから今年で9年目になる。復帰後から今日に至るまで、孤立やトラウマを持つ当事者と協働する企画を多数行ってきた。近年はそうした活動を「アイムヒア プロジェクト」と称し展開させている。

そうした最中の昨年4月7日、コロナウイルス感染拡大に対する緊急事態宣言が発出された。奇しくもその夜は一年で一番月が大きく見える満月の日だった。同日にスタートさせた企画「同じ月を見た日」では、ひきこもりや心身の障害など様々な当事者事情を理由に継続的に孤立している人々と、更に、今新たにコロナ禍ゆえの孤立を感じている人々を加えた50名以上と共に遠隔交流を続け、世界中それぞれの場所から月の撮影を続けてきた。

孤立にまつわる問題は昨今国際的な課題となっている。その対応で問われる根本的なあり方とは、“ここに居ない誰かを思うこと”と言える。孤立とは目に見えづらい課題なのだ。けれども、もしあなたが夜空の月を見上げている時、必ずどこか別の場所でも同じ月を誰かが見ているだろう。

コロナ(ウイルス)は多くの人々の命を奪い深い爪痕を残したが、一方では大気汚染や光害などを改善させたり労働環境の変化を発生させたりもし、人類に対して陰と光を生み出した。空に浮かぶ月もまた、コロナ(太陽)による影響での陰と光によってその姿を可視化させている。

2021年2月、横浜で開催した展覧会では、国道沿いの高架下を会場とするオープンエア化させた鑑賞構造によって、コロナ禍における文化・芸術活動の業界全体が抱える空間的問題についても取り組んだ。

今回の展示ではそれ以降のコロナ禍の変遷も加える。国内外から集まった千枚を超える月の写真を用い、ライトボックス作品や大型プロジェクションを制作。遠く離れた場所に居る誰かが会場の明かりを灯す作品など、ここに居ない誰かを想起する作品群を見せる。

アイムヒア プロジェクト|渡辺篤

アイムヒア プロジェクト|渡辺篤
I’m Here Project / Atsushi Watanabe

現代美術家。2009年東京藝術大学大学院修了 。主な個展及びプロジェクト展は「同じ月を見た日」(R16 studio、神奈川、2021年)、「修復のモニュメント」(BankART SILK、神奈川、2020年)。主なグループ展は「Looking for Another Family」(国立現代美術館、韓国、2020年)、「ALONE TOGETHER」(STUK、ベルギー、2020年)。

Photo: Keisuke Inoue